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競技用の体育施設ではなく、もっぱら近隣住民が健康増進のために日常的に利用する施設である。それも必ずしも運動のためだけでなく、散歩がてらちょっと立ち寄って、屋上のはらっぱで憩うようなことも想定されている。周りは成熟した住宅地で、駅からは離れている。元々は小学校だった敷地で、そこが小学校として手狭だったため近くに移転したので、その跡地を利用していてつくられた。 周辺がだいたい2階建ての住宅地なので、建物の高さを低く抑えようとした。アリーナに求められる天井高さは12mほどなので、それを1階に置けば、建物の高さは15mくらいになるし、地下1階に置けば10m、地下2階なら5mになる。選択したのは一番低い、高さ5mに抑えた案である。その代わり、内部には大きな地下空間が隠されることになる。1階はロビーで、地下1階に降りると温水プール、地下2階まで降りるとアリーナをはじめ、トレーニング・ジム、武道場、多目的体育室がある。 低層のボリュームは、周りの住宅地のスケール感に近づけようとして、2つの楕円形平面のボリュームに分けられている。外壁から角をなくすことで、死角を減らし、誰もが四六時中、敷地をつっきって通れるようにしている。敷地の周辺には柵がない。中央に、4本の大銀杏の木があるが、これは元々、小学校の校庭正面にあったのをそのまま残したもの。元々あった小学校に通った人たちにとって、忘れられない存在であるはずであるので、これもひとつの重要な建築要素として、敷地配置計画を進めた。

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競技用の体育施設ではなく、もっぱら近隣住民が健康増進のために日常的に利用する施設である。それも必ずしも運動のためだけでなく、散歩がてらちょっと立ち寄って、屋上のはらっぱで憩うようなことも想定されている。周りは成熟した住宅地で、駅からは離れている。元々は小学校だった敷地で、そこが小学校として手狭だったため近くに移転したので、その跡地を利用していてつくられた。 周辺がだいたい2階建ての住宅地なので、建物の高さを低く抑えようとした。アリーナに求められる天井高さは12mほどなので、それを1階に置けば、建物の高さは15mくらいになるし、地下1階に置けば10m、地下2階なら5mになる。選択したのは一番低い、高さ5mに抑えた案である。その代わり、内部には大きな地下空間が隠されることになる。1階はロビーで、地下1階に降りると温水プール、地下2階まで降りるとアリーナをはじめ、トレーニング・ジム、武道場、多目的体育室がある。 低層のボリュームは、周りの住宅地のスケール感に近づけようとして、2つの楕円形平面のボリュームに分けられている。外壁から角をなくすことで、死角を減らし、誰もが四六時中、敷地をつっきって通れるようにしている。敷地の周辺には柵がない。中央に、4本の大銀杏の木があるが、これは元々、小学校の校庭正面にあったのをそのまま残したもの。元々あった小学校に通った人たちにとって、忘れられない存在であるはずであるので、これもひとつの重要な建築要素として、敷地配置計画を進めた。
OMIYAMAE GYMNASIUM 大宮前体育館
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現実を生け捕りにするには 建築をバラバラなモノとコトに向かって開くこと 不測の事態 プロポーザル・コンペがあると聞いて,建設予定地に行ってみたら,成熟した住宅地のなかの小学校だった.塀のすぐ内側にはソメイヨシノや青桐やヒマラヤ杉が大きく育っていて,それはそれで緑があふれるばかりのすばらしい環境だった.しかし,4周を塀で囲われているだけでなく, 4階建ての校舎が敷地の2辺に沿ってL字型に建っていたので,閉鎖的で,ちょっと暗い感じがあった.それで,建物の高さを抑えるだけでなく,建物をできるかぎり分散させ,敷地全体を公園のような感じにして,風通しを良くするのがいいと思った.こんな素朴な感想から始まった「杉並区大宮前体育館」(42頁)であるが,最終的には,高さ5mの楕円形平面の建物が3棟,つまり,エントランス棟,アリーナ棟,プール棟を分棟して配置する案にして提出した.それ自体が地下へのトップライトとしても機能するエントランス棟から入って,地下1階に降りるとプール,地下2階まで降りるとアリーナがある,というシンプルな構成の提案である. この案が受け入れられ,設計者として選ばれ,初めて小学校に入れてもらって,しかし驚いた.外からまったく見えなかった校庭の校舎側に,4本の大銀杏の木が並んでいたのだ.中央2本の間には,朝礼台さえ置かれている.この小学校の出身者なら誰しも,きっとこの大銀杏を目にしたとたん,学童だったときに見た朝礼の景色をまざまざと思い出すことだろう.そんな木をどうして切れよう.そう思って,案内してくれていた役所の方に「切れませんよね」と言うと,「切らなくては,建物,できないでしょ」と返された.それにちょっとカチンと来たものだから,その場で「いや,残します」と宣言して,事務所に戻って図面と照合したら,銀杏の木の位置がエントランス棟の位置がぴったり一致していた.4本の大銀杏を残せば,エントランス棟はつくれない.エントランス棟をつくるなら,4本の大銀杏は切らざるをえない.設計がはじまってから起きた最初の不測の事態である. その頃,類似施設もいくつか見学した.役所から先方の担当者に連絡を入れてもらって,役所の担当者と一緒に見に行くと,裏方も見せてもらえるし,使っているなかで気づいた不都合や利用者のクレームなど,あまり表に出したくないような様々なことを,「いい施設を増やしてほしいからねえ」と,懇切丁寧に教えてくださる.これがすごく勉強になって,たとえばほとんどのアリーナには,自然光を採るのと自然換気を可能にするための高窓が回っているのだが,窓は開けたことがなく,いつも暗幕を引きっぱなしだということがわかった.窓を開けておけば,アリーナ内の音が周辺に漏れ,苦情の電話が絶えないし,直射光は.ボールやシャトルが見にくくなるので御法度になっている,という.アリーナは遮音性能が高いブラックボックスとしてつくることが,現実には望まれているのだった.いくつか回るだけでも,設計の前提として考え直さなくてはならないことが,数多く出てきた.これが,設計がはじまってから起きた2番目の不測の事態である. こうなると当然,プロポーザル・コンペで考えたことを遡っていって,かなり大元のところから案を練り直さなければならなくなる.まず4本の大銀杏を残すため,エントランス棟をなくして,3棟の分散を2棟に減らす,そうなると,エントランス機能は,プール棟かアリーナ棟に受け持ってもらわなくてはならなくなるのだが,アリーナはブラックボックスが良いことがわかったので,アリーナを中央に置いて,その周りにぐるり一周ロビー空間を回すことにした.そうすることで,エントランス機能をアリーナ棟に吸収できる.ただそれでは,地下2階に自然光がまったく落ちてこないので,アリーナのボリュームの周りにスリットを開ける. プロポーザル・コンペ案で提案したことで残ったのは,地下2階まで掘り込んで,地上に出るところを低層の楕円平面のボリュームとする,という考え方だけだった. 仮設どまりの全体性 要項を読み込んで,設計条件を落としなく満たすように案をつくる.ところが,いざ実際の設計がはじまり,関係者に会って話をいろいろ聞いてみると,実際に求められていることと要項に書かれていたこととがだいぶ違っているのがわかる.これは致し方ないことで,非公式な要望,曖昧な希望,周辺の人たちの想いなど,気持ちの問題も含めてすべての条件を言葉で表現できるまでに明確に確定することなど,そうそうできるものではないのだ.与件として与えられていた敷地の物理的な条件だって,蓋を開けてみたらずいぶん違うということも,まあ,これはあまり多くはないが,ある. そういう場合にどうするかと言えば,もう一度,案の大元まで遡って案をつくり直すわけだ.「青森県立美術館」(本誌0609)のときもそうだし,この「杉並区大宮前体育館」のときもそう.気に入っていた案を破棄するのはつらいことだが,与えられた与件すべてに,できるだけ応えたいと思えば,やり直さざるをえない.ウィキペディアによれば,デザインとは「ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い,それを様々な媒体に応じて表現すること」とある.問題が変われば,解決方法も変わる.だから,解き直すのが当然だと思うのだが,「案が変わると,コンペで落ちた人たちに申し立てがつかない」と,ときに問題にされる.その理屈もわからないわけではないが,そもそも人間という生身のための建築ではないだろうか. ともかく,こうしてプロポーザル案を練り直し,基本設計をまとめ,実施設計に進み,2010年の3月の末,設計が終わる.続いて着工,と思っていたら,かつて設計内容を精査する時間がなかったために現場段階で問題続出ということがあったということで,1年かけて,設計をもう一度,関係者と膝を突き合わせて「見直す」ことになった.見直せば,いろいろ新たな問題が出てくる.判断に迷うたびに,意見を聞きに,また類似施設を訪ねて回る. プールがいちばん難しい.実施設計が終わった段階では,プール函体はステンレスシートに塗装の仕上げだったのだが,調べていくと,塗装層が剥離して怪我をしたという事故があったことがわかってきて,実施設計内容を改善することになる. しかし,どの選択肢も一長一短.結局は,ビニル系のシートを貼りまわすことになるのだが,実はパーフェクトの方法なんてない.こうしている間に,どんどん細部が,設計のときに意図していたことからずれていって,バラバラになってくる.収拾がつかない.もしかしたら,また大元にまで遡って案をつくり直すべきなのかもしれない,という気分になってくる. これで完成と思った案が,先に進むと,その案の前提になっていたコトやモノが変わったり,増えたりする.それでもう一度,案を組み立て直すと,また前提が変わる.それでまた案を組み立て直す.建物を束ねる全体性が確定しない.切りがない.いつまで経っても,全体性は仮設どまりのままだ. しかし,よくよく考えてみれば,そもそもこの種の施設では,毎日のように,パウチッコでラミネートされた注意書きが,壁面に増殖していくものだ.思いがけない備品が,その時々の思いつきで入ってくる.つまり竣工後も,想定外のことが数多く起きるわけで,となれば,全体性は永遠に仮設にとどままったままになってしまうのではないか.さて一体,どうしたらいいのか? 杉戸洋さんと一緒に展覧会を考えてみた そんな割り切れない気持ちになっていたちょうどその頃,ぼくの事務所で設計した青森県立美術館がそろそろ5周年を迎えるということで,個展開催の打診があった.それで考えてみたのだが,美術館の建築そのものが,ぼくにとってはすでに「作品」ののだから,なにか他のものを展示するより,目の前にある空間を見てもらう展覧会がいい,と思った.ただ,美術館とは展覧会が開かれているときが本来であって,空っぽの美術館は本当の姿ではない.だから,そこで展覧会が行われている美術館を見せるところの展覧会,というややこしい企画になってしまう.それを一人でやっては,自作自演もいいところなので,一人,作家を選ばせてもらって,その作家と一緒に,この美術館をテーマにして展覧会をつくっていきたい,と思った. その作家として,杉戸洋さんにお願いした.特に面識があったわけではない.ただ,ぼくの事務所で設計した住宅ができたとき,クライアントの関係で,竣工間際にその住宅の現場で鉢合わせ,案内したことがある。その杉戸さん,回りながら,いちいち文句を言っていた.踊り場の奥行きが5cm足りなくないか?あの窓,正方形だと落ち着かなくないか?このテラスには蛇口がいるのではないか?この壁は,もう少し左にあった方がよくないか?面と向かって,そこまで言われたのは初めてのこと.でも言われた内容はともかく,空間に敏感に反応できるすごい人だと思った.彼の作品も好きなことだし,ならば,この人と一緒に,改めてこの建物について考えてみたらどうだろう,きっと刺激的な経験になるのではないか,と思ったのだった.(杉戸さんは後に「左官の親方だとばかり思っていて」と言うのだが,本当とは思えない.) そうして「杉並区大宮前体育館」の「見直し」と平行して,彼とほとんど毎日のようにいろいろ話し合う1年が始まった.展覧会の内容はなかなか決まらなかった.決まったと思ったことも,すぐにひっくりかえって,ふりだしに戻ってしまう.すべてが宙吊り状態のまま.どこまでいっても構想が生まれてこないし,それが話し合われることもない.ひたすら視点を変え,何かを発見し,考え,試してみることの繰り返し.どこをどう通って歩いていくと,心地よい体験になるか.それを考え,動線を決め,そこから導き出されてきたものを詰めてみる.すると,他のもっと心地よい体験が見えて,それで動線を変えると,前にとりあえず決めたことが全部御破算になっている.どうしよう,と考えながら近所を散歩すると,風景のなかに一瞬,答えが見つかる.あるいは,記憶のなかのミースのランゲ邸・エステルス邸における建物と庭の関係に一瞬,答えが見つかる.美術館と近所の風景とミースが繋がる.そんなふうに,いろいろなモノやコトが頭のなかで,繋がったり,ほどけたり.関係するモノやコトが,展覧会の対象になっている青森県立美術館の範囲を越えて,どんどんと増え,広がっていく. 現場で設営をはじめる間際になっても,展覧会の内容を,担当の学芸員にさえ説明できなかった.そしてそこまでいって,ぼくはようやく気がついた.ここでやろうとしているのは,モノとモノの繋がりを仮設し,壊し,また仮設し続けるという,際限なく繰り返される運動のなかの,任意のひとつの切断面を展覧会とする,ということであったのだ. それは,ぼくのそれまでのつくり方とまるで違っていた.ぼくなら,なにかをつくるためには,その前提になっているモノやコトを落としなく集め,それらをうまく繋ぐことができる全体性をまず措定する.そして,その全体性を細部にまで行き渡らせ,緻密に統御されたひとつの構成体にまで育てようとする.その「育てる」という部分が,もしかしたら,つくることの中心かもしれない.だからできるかぎり早い時期に,全体性を措定したい. その全体性が,しかし「杉並区大宮前体育館」では,なかなか確定できず,いつまで経っても仮設にとどまっていた.それが,ぼくにはストレスだったのだ.なのに,杉戸さんは全体性がいつまでも仮設でしかありえないことを,むしろ,楽しんでいるようだった.全体性をつくっては壊し,またつくる.そのなかでモノとモノの繋がり方が,可能態として増え,濃密になっていく.その運動そのものが物事の本筋という姿勢.そう感じると,彼の作品に,完成し切ったという感じがなく,キャンバスを越えてどこかと繋がろうとしているように見える理由が,ちょっとわかった気持ちになってきた. 完成した全体性か,仮設の全体性か? 完成することが大事なのか,流動する物事をそのまま捉えることが大事なのか? アートか建築かというジャンルの違いは置いておいて,つくるということになかに,こういう正反対の姿勢があることに,ぼくには衝撃を受けた. 東日本大震災 設営のため青森に乗り込もうとした矢先の2011年3月11日,東日本大震災が発生する.それで,すでにポスターも刷り上がっていた「青木淳 x 杉戸洋 はっぱとはらっぱ」展はキャンセルになり,南相馬市と災害時相互援助協定を締結していた杉並区の「大宮前体育館」はペンディングになった.もう一度,災害時を想定して設計が見直されることになったのである. 震災は改めて,いつ震災が起きてもおかしくないところにぼくたちは生きていることを,思い起こさせた.先のことは予測がつかないということを胆に銘じなくてはならない.またそのことを前提に物事を考えなくてはならない.そういうことは考えた末の結論というよりは,直感として感じたことだった.その証拠に,震災直後ぼくは,「よくできたデザイン」に突然,虚しさというか白々しさを感じてしまい,設計で細部を詰めていくことが,なんだか人間としてひどく的外れな行いをしているように思えて,一時的ではあったが,設計がまったく手につかなくなってしまったのだった.たぶん当時,同じように感じた人が多かったのではないだろうか. ともかくそんな気持ちに後押しされるように,ぼくは決めた.完成された全体性ではなく,つねに仮設にとどまる全体性を基礎として物事を考えていくことを,である. 全体性が仮設にならざるをえないのは,ひとつには,その全体性によってつなぎとめられるべきモノやコトが流動的だからだ.モノやコトは,数も変わるし,内容も変わる.しかもそれらはそれ自体の勝手で生起し変化するものなのだから,基本的には,設計者のコントロールを越えて,バラバラに存在している. そのバラバラさにもいろいろある.まず,対象とするモノとコトそれ自体のバラバラさがある.プールに求められるものとアリーナに求められるものはもちろん違うし,たまたま植わっていたソメイヨシノと大銀杏の木との間にも特段の関係はない. それから,対象となるモノとコトの集合範囲のバラバラさがある,対象となるのは,なにも敷地のなかだけとは限らないし,その範囲は設計中,広がったり狭まったりして,定まらない.そしてその度ごとに,ひとまとまりになって感じられるモノとコトの集合の像が違う.それら集合の無数の可能態がつくるバラバラさがある. 生起する事態のバラバラさもある.予測していなかったことが,次々に起きる.災害などの突発的な事態,使っていくなかで現れてくる様々なモノとコト.それらが生むまたバラバラなモノとコト. そう,ぼくたちは,対象それぞれのバラバラさ,対象とする項目の範囲のバラバラさ,不測の事態によるバラバラさのなかで生きているのだ. そんな現実のなかで,全体性を措定する.それは当然,そうしたバラバラでしかない現実に対して「閉じる」ことを意味する.なぜなら,全体性が措定されたとたん,その後に出てきた新しいモノやコトがその全体性にうまく合致するかどうかは,もう確率の問題にすぎなくなってしまうからだ.たしかに,たまたまうまく合致することもあるかもしれない.しかし,まるでそぐわないこともある.そぐわないときは,それを無視するか,それを枝葉末節のものと扱うか,それともそれを無理にでもそぐわせるか. いずれにせよ,現実と全体性との間に応力が発生せざるをえない.現実を包含することができるから「全体性」だったのに,全体性は一度措定されたとたんに,現実をいわば抑圧するものになってしまう.結果として,全体性が高い完成度で実現されればされるほど,それは現実のなかで,より排他的に働く. それを開くために,仮設にとどめられた全体性をつくる.つまり,バラバラなモノとコトを,鋳型に入れて矯正するというようなことをしないで,そのバラバラさを生かしたまま,またその後の未確定も含めて,包括できるような全体性をつくる. これはある意味,それまでの自分が向いていた方向の,けっこうな修正だった. 荻窪から学ぶこと 仮設にとどめられた全体性.では,それは具体的には,どのように可能なのだろうか? それは,完成された全体性を,単に「崩す」とか「甘くする」ということではないだろう.バラバラなモノやコトから最大公約数を見つけて,それによって全体をルーズに繋ぐ,ということでもないだろう.そういう妥協ではなく,放っておけば完成の引力に引き寄せられてしまう重力場のなかで,全体性をなんとか仮設程度の完成にとどめる方法.それを見つけたいと思う. そのヒントとしてぼくは今,「杉並区大宮前体育館」の周辺住宅地,荻窪に見ている.なぜなら,すでに荻窪という町自体が,皆が違う方向を向いているのにカオスではない,という事態を達成しているからだ.昭和のはじめの頃には「西の鎌倉,東の荻窪」と呼ばれていたくらいのこの別荘地が今,どういうわけか,いろいろなものが適当に入り混じることができるような,寛容性をもった町にまで育ってきているのだ. まず土地の大きさがバラバラだ.大きいところではたとえば,昭和のはじめから第2次世界大戦にかけて,当時,首相だった近衛文麿が住んでいた「荻外荘」がある.まさに往年の荻窪のスケール感で,その緑豊かな約6,000m2の敷地がそのまま,最近,保存を前提に杉並区に売却されている.かと思えば,分筆に分筆を重ねて,細切れになった小さな区画がある.そして,それら大小の敷地に挟まれるように,東京ではやや大きめの区画の地域が広がっている. 土地の大きさもバラバラなら,その上に建てられている家もバラバラ.ガーデニングを楽しんでいる洋館風の家の隣に,前川國男邸かと見紛う大屋根が鬱蒼とした庭の向こうに見え,そこに芝生のなかのコンクリート打ち放しの住宅が続いていたり.つくられた年代も,様式も,ライフスタイルもバラバラ.本来なら,高級住宅地の「高級」という統一性があるはずだが,実際にはそうでもない.いかにも高級に見える家があり,ぜんぜんそう見えない家がある.苔むした万年塀の家,ブロック塀を築いた家,既製品のアルミのフェンスの家,塀もなにもない家.塀の扱いひとつとっても人それぞれ.集まっているけれど,それぞれが好き勝手,別々のことをしている.この町は,歩いている視点というか解像度ではまったくバラバラで,その間に全体性を見つけることができないのだ. ところが,駅まで歩いて中央線に乗ると,突然,見えてくる解像度が切り替わる.線路が高架になっているからだ.家並みがずっと遠くまで途切れることなく,まるで絨毯のようにどこまでも続いている.個々の家は,その絨毯の毛一本一本だ.全体として見れば,そのすぐ下にある土地の起伏を拾って,ゆったり波打つ滑らかなひとつの表面になっている.その絨毯は,ところどころで,皺が寄っている.皺に見えるのは,幹線道路に添って,高層の建物が建ち並んでいるところだ.のっぺりとした表面と,ゆるやかな土地の起伏,それに幹線道路が表す大きなグリッドパターン.俯瞰すれば,はっきりと全体性が見えてくる. 荻窪の町は,ベクタではなく,ビットマップでできている.解像度を下げると全体性が立ち現れる.しかし,他の解像度を上げるとすべてがバラバラに散らばっていく. 荻窪の町が教えてくれるのは,解像度を切り替えることで,全体性とバラバラさが共存できる,ということだ.ある解像度で見たときには全体性がある.そこに,バラバラに見える解像度のレイヤーが被さる.さまざまな解像度のレイヤーを何重にも被さることで,バラバラさを許容しながら,仮設程度の全体性が可能になるかもしれない.荻窪の町は,そんな可能性を感じさせてくれる. 解像度の異なるレイアーのミルフィーユ. 東日本大震災発生から9ヶ月後の2011年12月,「杉並区大宮前体育館」は,ようやく着工に漕ぎ着く.設計は終わっていたが,もう一度考え直してみたいことが多かった.全体性を完成させるのではなく,バラバラなモノやコト,つまり現実にどう開くことができるのか?その答えを探して,五里霧中のなか手探りで進んだ約2年間に及ぶ現場現場である.それを今振り返れば,たぶん,構成感の脱中心化,ということではなかっただろうか. 全体性をつくるものを普通,構成と呼ぶ.建築の場合で言えば,それは,その建築全体の組織構成の,神の目による捉え方つまり「抽象」のことだ.それは抽象であるから,人の目には見えない.でも,それは建築をつくったり建築を体験する人の想念のなかに,しかと存在する.構成の最たるものがボリュームとボリュームの組み合わせ方だ.建築には,そういう構成あるいは抽象が,少なくとも今のところ,欠かせない.建築をつくるときに,また建築を見るときに,ぼくたちはどうしてもそういう抽象化に引っ張られるからだ.構成感というのは,構成に引っ張られるときの,その引力のことを指す. 「杉並区大宮前体育館」にも当然,構成はあって,その構成という中心に向かう引力場がある.そのままでは完成に近づいてしまう.だからそこに,その引力場が見える解像度のレイアーとは別の解像度のレイアーを被せる.その別のレイアーで,構成による引力場を相殺する.そうすることで,全体性を仮設状態にとどめ,建築を現実に対して開くことができるかもしれない. 「杉並区大宮前体育館」の構成は,遠目の解像度のレイアーで,よく見える.まず,町の中に,周りの住宅と比べればかなり大きなふたつの要素,楕円形平面の平屋がふたつある.どちらも高さ5mほどの低層で,周りの住宅と比べてもさらに低い.一方,内部にはそれとは対照的なスケールアウトした大空間がある.地下8mにまで達する大きな四角い穴が開いていて,そこにまるで太い柄のキノコが生えているかのような構成がある.その太い柄がアリーナのボリュームで,幅24m,長さ35m,高さ12.5mの直方体.そこにキノコの傘のように,楕円形平面の屋根が乗っている.地下深くまで降りて,見上げれば,ローマの大浴場のようだ.低層にすることとアリーナという巨大な空間が必然的に生みだす圧倒的なスケールのコントラストがある. そのレイアーに,町を歩いている人が見る時の解像度のレイヤーを重ねる.町との連続が見えてくる解像度だ.外周サッシを,ひとつひとつの切片がほぼ周りの住宅のスケールの,ジグザクの平面形にする.そのことによって,ガラスを大量に使っているにもかかわらず,壁面としての存在感が際立たってくる.それで,建物が楕円形でできているという構成感や,地下から太い柄のキノコが生えているという構成感が相殺される.周りの家庭が出すゴミ集積場や,バスを待つ人が並ぶことができる東屋や,近隣住民のための備蓄倉庫や消防団倉庫を,敷地内に設ける.隣に建つポストモダン風な家とよく似合う,大きなJをひっくり返した形の吸気塔と排気塔を設ける.またすでにそこには,桜や青桐などの木々や,中央の4本の大銀杏もある.この解像度のレイアーでは,敷地を飛び越えて,町レベルでのバラバラなモノやコトを,そのバラバラさのままに生け捕りにできる. そこに,空間ごとのバラバラさが見えてくる解像度のレイヤーを重ねる.そのバラバラさを維持するために,それぞれの空間の大きさとその用途の重要度から生まれてくるヒエラルキーを消しておく.一番大きく,またこの施設のメインであるアリーナからは,ただでさえ発生してしまうオーラを慎重に弱める.廊下や階段などの動線空間は,単なる機能的な交通空間にやせ細らないように強める.屋上の緑化広場は,付け足しにならないよう,むしろ特権的な「はらっぱ」になるよう気をつかう.その上で,それぞれの空間ごとに求められることに真正面から応える.それで,空間が本当にバラバラになる. そこに今度は逆に,全体性が見えてくる解像度のレイアーを重ねる.それがこの建物全体にわたって採用されている柱の面取りと梁両端のハンチである.柱に面取りをしているのは一義的には,こうしたスポーツ施設では「ピン角」が危ないからだが,それと同時に,面取りがあれば梁や壁が面取り分オフセットされ真壁的になり,その面取りの大きさが空間全体にわたっての表情を決めてしまう,ということがある.こういうディテールレベルの解像度が,全体にわたる表情を決定づける.小さなスパンでの梁のハンチは構造計画的には必要がない.しかし,空間全体の表情を補完する強力な要素だ. そこに,バラバラさを強調しながらも,その反対にそれらの間の構成=バランスによって全体性をもたらす解像度のレイアーを重ねる.まず色のレイヤーがある.白,ベージュ,水色,緑,黄,赤.さまざまな色をそれぞれに際立たせつつ,全体にはその空間的配置のバランスによって,ある種の抽象性が与える.素材のレイヤーがある.白いムラのコンクリート,普通のコンクリート,亜鉛ドブ浸け,アルポリック,白いオーガンジー,アクリル,フローリング,ビニル系弾性シート,etc.それら質感,光沢も,高級感も違うバラバラなものを,バラバラでありながらも,同時に全体の統一も感じられるように配置する. こうして,指向性の異なるさまざまな解像度のレイヤーをミルフィーユ状に重ねることで,単に構成を消すという以上に,その消すという操作も消して,存在はしているけれど,構成がそもそもあることさえ感じさせないところまで追い込む. そうやって実際に見えてくるのは,全体性に支配されないバラバラのモノやコトが,なんの変哲もなく自然に配置されているという様態だろう.でも,そこからはなんとなく,このプロジェクト特有の香りが立ち上がってくるとしたら,それが理想ではないだろうか. こうして,使われてからの未確定を含めて,バラバラなものをそのバラバラさのまま生け捕りにすることができる程度にまで,その「構成」そのものは壊さないまま,しかしそれを中和し,その支配力を奪うことが,さて,できたのかどうか. ともかく,ぼくはこの建物で,排他的にならざるを得ない完成された全体性から,できるだけ遠ざかろうとして,直面する無数の独立項に開かれた建築のあり方を探ろうとしたのだった.そして,それが今のところ,ぼくが思い付く「はらっぱ」のつくり方なのだ. 全体性が先にあるのではなく,バラバラなものが先にある.その認識はもしかしたら,建築を考えていくときに,かなり大きな出発点の違いなのかもしれない,と思う. 構成感が消えてフラットな場が生まれれば,設計はパフュームを調合に近づいていくような気がする. 引き渡し早々,ぼくたちが預かり知らないところでソファやテーブルが持ち込まれ,館内に,誰がデザインして誰がどうつくったのかわからない「Sports Café すぎなみ」が,いつの間にかオープンしていた.天気がいい日なら,そこでアイスを買って屋上で食べるのが気持ちいいだろう.壁には,やっぱり,張り紙がされている.(青木淳)
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競技用の体育施設ではなく、もっぱら近隣住民が健康増進のために日常的に利用する施設である。それも必ずしも運動のためだけでなく、散歩がてらちょっと立ち寄って、屋上のはらっぱで憩うようなことも想定されている。周りは成熟した住宅地で、駅からは離れている。元々は小学校だった敷地で、そこが小学校として手狭だったため近くに移転したので、その跡地を利用していてつくられた。 周辺がだいたい2階建ての住宅地なので、建物の高さを低く抑えようとした。アリーナに求められる天井高さは12mほどなので、それを1階に置けば、建物の高さは15mくらいになるし、地下1階に置けば10m、地下2階なら5mになる。選択したのは一番低い、高さ5mに抑えた案である。その代わり、内部には大きな地下空間が隠されることになる。1階はロビーで、地下1階に降りると温水プール、地下2階まで降りるとアリーナをはじめ、トレーニング・ジム、武道場、多目的体育室がある。 低層のボリュームは、周りの住宅地のスケール感に近づけようとして、2つの楕円形平面のボリュームに分けられている。外壁から角をなくすことで、死角を減らし、誰もが四六時中、敷地をつっきって通れるようにしている。敷地の周辺には柵がない。中央に、4本の大銀杏の木があるが、これは元々、小学校の校庭正面にあったのをそのまま残したもの。元々あった小学校に通った人たちにとって、忘れられない存在であるはずであるので、これもひとつの重要な建築要素として、敷地配置計画を進めた。
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| No. | 127 127 |
| Title | OMIYAMAE GYMNASIUM 大宮前体育館 |
| Type | Public 公共建築 |
| Principal use | Gymnasium, Swimming pool Gymnasium, Swimming pool |
| Collaboration | KIKUCHI Atsuki (sign design), Tezzo Nishizawa (furniture design), ANDO Yoko (textile design) KIKUCHI Atsuki (sign design), Tezzo Nishizawa (furniture design), ANDO Yoko (textile design) |
| Structural Design | Kanebako Structural Engineers Kanebako Structural Engineers |
| Facility Design | P.T.Morimura & Associates,LTD P.T.Morimura & Associates,LTD |
| Construction | 白石、渡辺、国際建設共同企業体 白石、渡辺、国際建設共同企業体 |
| Architectural Design | AOKI Jun, TOKUDA Shinichi, SAKAI Masaki, SHINAGAWA Masatoshi, MIYAUCHI Yoshitaka 青木淳, 徳田慎一, 酒井真樹, 品川雅俊, 宮内義孝 |
| Design | 2008.11 - 2011.09 2008.11 - 2011.09 |
| Construction | 2011.12 - 2014.03 2011.12 - 2014.03 |
| Location | Suginami-ku, Tokyo 東京都杉並区 |
| Site Area | 6,184m² 6,184.47m² |
| Floor Area | 5,685m² 5,685.45m² |
| Number of Stories | 2F, B2 地上2階、地下2階 |
| Structure | RC + S RC + S |
| URL | https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/SK_2014_07_041-0 https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/SK_2014_07_041-0 |
競技用の体育施設ではなく、もっぱら近隣住民が健康増進のために日常的に利用する施設である。それも必ずしも運動のためだけでなく、散歩がてらちょっと立ち寄って、屋上のはらっぱで憩うようなことも想定されている。周りは成熟した住宅地で、駅からは離れている。元々は小学校だった敷地で、そこが小学校として手狭だったため近くに移転したので、その跡地を利用していてつくられた。 周辺がだいたい2階建ての住宅地なので、建物の高さを低く抑えようとした。アリーナに求められる天井高さは12mほどなので、それを1階に置けば、建物の高さは15mくらいになるし、地下1階に置けば10m、地下2階なら5mになる。選択したのは一番低い、高さ5mに抑えた案である。その代わり、内部には大きな地下空間が隠されることになる。1階はロビーで、地下1階に降りると温水プール、地下2階まで降りるとアリーナをはじめ、トレーニング・ジム、武道場、多目的体育室がある。 低層のボリュームは、周りの住宅地のスケール感に近づけようとして、2つの楕円形平面のボリュームに分けられている。外壁から角をなくすことで、死角を減らし、誰もが四六時中、敷地をつっきって通れるようにしている。敷地の周辺には柵がない。中央に、4本の大銀杏の木があるが、これは元々、小学校の校庭正面にあったのをそのまま残したもの。元々あった小学校に通った人たちにとって、忘れられない存在であるはずであるので、これもひとつの重要な建築要素として、敷地配置計画を進めた。
現実を生け捕りにするには 建築をバラバラなモノとコトに向かって開くこと 不測の事態 プロポーザル・コンペがあると聞いて,建設予定地に行ってみたら,成熟した住宅地のなかの小学校だった.塀のすぐ内側にはソメイヨシノや青桐やヒマラヤ杉が大きく育っていて,それはそれで緑があふれるばかりのすばらしい環境だった.しかし,4周を塀で囲われているだけでなく, 4階建ての校舎が敷地の2辺に沿ってL字型に建っていたので,閉鎖的で,ちょっと暗い感じがあった.それで,建物の高さを抑えるだけでなく,建物をできるかぎり分散させ,敷地全体を公園のような感じにして,風通しを良くするのがいいと思った.こんな素朴な感想から始まった「杉並区大宮前体育館」(42頁)であるが,最終的には,高さ5mの楕円形平面の建物が3棟,つまり,エントランス棟,アリーナ棟,プール棟を分棟して配置する案にして提出した.それ自体が地下へのトップライトとしても機能するエントランス棟から入って,地下1階に降りるとプール,地下2階まで降りるとアリーナがある,というシンプルな構成の提案である. この案が受け入れられ,設計者として選ばれ,初めて小学校に入れてもらって,しかし驚いた.外からまったく見えなかった校庭の校舎側に,4本の大銀杏の木が並んでいたのだ.中央2本の間には,朝礼台さえ置かれている.この小学校の出身者なら誰しも,きっとこの大銀杏を目にしたとたん,学童だったときに見た朝礼の景色をまざまざと思い出すことだろう.そんな木をどうして切れよう.そう思って,案内してくれていた役所の方に「切れませんよね」と言うと,「切らなくては,建物,できないでしょ」と返された.それにちょっとカチンと来たものだから,その場で「いや,残します」と宣言して,事務所に戻って図面と照合したら,銀杏の木の位置がエントランス棟の位置がぴったり一致していた.4本の大銀杏を残せば,エントランス棟はつくれない.エントランス棟をつくるなら,4本の大銀杏は切らざるをえない.設計がはじまってから起きた最初の不測の事態である. その頃,類似施設もいくつか見学した.役所から先方の担当者に連絡を入れてもらって,役所の担当者と一緒に見に行くと,裏方も見せてもらえるし,使っているなかで気づいた不都合や利用者のクレームなど,あまり表に出したくないような様々なことを,「いい施設を増やしてほしいからねえ」と,懇切丁寧に教えてくださる.これがすごく勉強になって,たとえばほとんどのアリーナには,自然光を採るのと自然換気を可能にするための高窓が回っているのだが,窓は開けたことがなく,いつも暗幕を引きっぱなしだということがわかった.窓を開けておけば,アリーナ内の音が周辺に漏れ,苦情の電話が絶えないし,直射光は.ボールやシャトルが見にくくなるので御法度になっている,という.アリーナは遮音性能が高いブラックボックスとしてつくることが,現実には望まれているのだった.いくつか回るだけでも,設計の前提として考え直さなくてはならないことが,数多く出てきた.これが,設計がはじまってから起きた2番目の不測の事態である. こうなると当然,プロポーザル・コンペで考えたことを遡っていって,かなり大元のところから案を練り直さなければならなくなる.まず4本の大銀杏を残すため,エントランス棟をなくして,3棟の分散を2棟に減らす,そうなると,エントランス機能は,プール棟かアリーナ棟に受け持ってもらわなくてはならなくなるのだが,アリーナはブラックボックスが良いことがわかったので,アリーナを中央に置いて,その周りにぐるり一周ロビー空間を回すことにした.そうすることで,エントランス機能をアリーナ棟に吸収できる.ただそれでは,地下2階に自然光がまったく落ちてこないので,アリーナのボリュームの周りにスリットを開ける. プロポーザル・コンペ案で提案したことで残ったのは,地下2階まで掘り込んで,地上に出るところを低層の楕円平面のボリュームとする,という考え方だけだった. 仮設どまりの全体性 要項を読み込んで,設計条件を落としなく満たすように案をつくる.ところが,いざ実際の設計がはじまり,関係者に会って話をいろいろ聞いてみると,実際に求められていることと要項に書かれていたこととがだいぶ違っているのがわかる.これは致し方ないことで,非公式な要望,曖昧な希望,周辺の人たちの想いなど,気持ちの問題も含めてすべての条件を言葉で表現できるまでに明確に確定することなど,そうそうできるものではないのだ.与件として与えられていた敷地の物理的な条件だって,蓋を開けてみたらずいぶん違うということも,まあ,これはあまり多くはないが,ある. そういう場合にどうするかと言えば,もう一度,案の大元まで遡って案をつくり直すわけだ.「青森県立美術館」(本誌0609)のときもそうだし,この「杉並区大宮前体育館」のときもそう.気に入っていた案を破棄するのはつらいことだが,与えられた与件すべてに,できるだけ応えたいと思えば,やり直さざるをえない.ウィキペディアによれば,デザインとは「ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い,それを様々な媒体に応じて表現すること」とある.問題が変われば,解決方法も変わる.だから,解き直すのが当然だと思うのだが,「案が変わると,コンペで落ちた人たちに申し立てがつかない」と,ときに問題にされる.その理屈もわからないわけではないが,そもそも人間という生身のための建築ではないだろうか. ともかく,こうしてプロポーザル案を練り直し,基本設計をまとめ,実施設計に進み,2010年の3月の末,設計が終わる.続いて着工,と思っていたら,かつて設計内容を精査する時間がなかったために現場段階で問題続出ということがあったということで,1年かけて,設計をもう一度,関係者と膝を突き合わせて「見直す」ことになった.見直せば,いろいろ新たな問題が出てくる.判断に迷うたびに,意見を聞きに,また類似施設を訪ねて回る. プールがいちばん難しい.実施設計が終わった段階では,プール函体はステンレスシートに塗装の仕上げだったのだが,調べていくと,塗装層が剥離して怪我をしたという事故があったことがわかってきて,実施設計内容を改善することになる. しかし,どの選択肢も一長一短.結局は,ビニル系のシートを貼りまわすことになるのだが,実はパーフェクトの方法なんてない.こうしている間に,どんどん細部が,設計のときに意図していたことからずれていって,バラバラになってくる.収拾がつかない.もしかしたら,また大元にまで遡って案をつくり直すべきなのかもしれない,という気分になってくる. これで完成と思った案が,先に進むと,その案の前提になっていたコトやモノが変わったり,増えたりする.それでもう一度,案を組み立て直すと,また前提が変わる.それでまた案を組み立て直す.建物を束ねる全体性が確定しない.切りがない.いつまで経っても,全体性は仮設どまりのままだ. しかし,よくよく考えてみれば,そもそもこの種の施設では,毎日のように,パウチッコでラミネートされた注意書きが,壁面に増殖していくものだ.思いがけない備品が,その時々の思いつきで入ってくる.つまり竣工後も,想定外のことが数多く起きるわけで,となれば,全体性は永遠に仮設にとどままったままになってしまうのではないか.さて一体,どうしたらいいのか? 杉戸洋さんと一緒に展覧会を考えてみた そんな割り切れない気持ちになっていたちょうどその頃,ぼくの事務所で設計した青森県立美術館がそろそろ5周年を迎えるということで,個展開催の打診があった.それで考えてみたのだが,美術館の建築そのものが,ぼくにとってはすでに「作品」ののだから,なにか他のものを展示するより,目の前にある空間を見てもらう展覧会がいい,と思った.ただ,美術館とは展覧会が開かれているときが本来であって,空っぽの美術館は本当の姿ではない.だから,そこで展覧会が行われている美術館を見せるところの展覧会,というややこしい企画になってしまう.それを一人でやっては,自作自演もいいところなので,一人,作家を選ばせてもらって,その作家と一緒に,この美術館をテーマにして展覧会をつくっていきたい,と思った. その作家として,杉戸洋さんにお願いした.特に面識があったわけではない.ただ,ぼくの事務所で設計した住宅ができたとき,クライアントの関係で,竣工間際にその住宅の現場で鉢合わせ,案内したことがある。その杉戸さん,回りながら,いちいち文句を言っていた.踊り場の奥行きが5cm足りなくないか?あの窓,正方形だと落ち着かなくないか?このテラスには蛇口がいるのではないか?この壁は,もう少し左にあった方がよくないか?面と向かって,そこまで言われたのは初めてのこと.でも言われた内容はともかく,空間に敏感に反応できるすごい人だと思った.彼の作品も好きなことだし,ならば,この人と一緒に,改めてこの建物について考えてみたらどうだろう,きっと刺激的な経験になるのではないか,と思ったのだった.(杉戸さんは後に「左官の親方だとばかり思っていて」と言うのだが,本当とは思えない.) そうして「杉並区大宮前体育館」の「見直し」と平行して,彼とほとんど毎日のようにいろいろ話し合う1年が始まった.展覧会の内容はなかなか決まらなかった.決まったと思ったことも,すぐにひっくりかえって,ふりだしに戻ってしまう.すべてが宙吊り状態のまま.どこまでいっても構想が生まれてこないし,それが話し合われることもない.ひたすら視点を変え,何かを発見し,考え,試してみることの繰り返し.どこをどう通って歩いていくと,心地よい体験になるか.それを考え,動線を決め,そこから導き出されてきたものを詰めてみる.すると,他のもっと心地よい体験が見えて,それで動線を変えると,前にとりあえず決めたことが全部御破算になっている.どうしよう,と考えながら近所を散歩すると,風景のなかに一瞬,答えが見つかる.あるいは,記憶のなかのミースのランゲ邸・エステルス邸における建物と庭の関係に一瞬,答えが見つかる.美術館と近所の風景とミースが繋がる.そんなふうに,いろいろなモノやコトが頭のなかで,繋がったり,ほどけたり.関係するモノやコトが,展覧会の対象になっている青森県立美術館の範囲を越えて,どんどんと増え,広がっていく. 現場で設営をはじめる間際になっても,展覧会の内容を,担当の学芸員にさえ説明できなかった.そしてそこまでいって,ぼくはようやく気がついた.ここでやろうとしているのは,モノとモノの繋がりを仮設し,壊し,また仮設し続けるという,際限なく繰り返される運動のなかの,任意のひとつの切断面を展覧会とする,ということであったのだ. それは,ぼくのそれまでのつくり方とまるで違っていた.ぼくなら,なにかをつくるためには,その前提になっているモノやコトを落としなく集め,それらをうまく繋ぐことができる全体性をまず措定する.そして,その全体性を細部にまで行き渡らせ,緻密に統御されたひとつの構成体にまで育てようとする.その「育てる」という部分が,もしかしたら,つくることの中心かもしれない.だからできるかぎり早い時期に,全体性を措定したい. その全体性が,しかし「杉並区大宮前体育館」では,なかなか確定できず,いつまで経っても仮設にとどまっていた.それが,ぼくにはストレスだったのだ.なのに,杉戸さんは全体性がいつまでも仮設でしかありえないことを,むしろ,楽しんでいるようだった.全体性をつくっては壊し,またつくる.そのなかでモノとモノの繋がり方が,可能態として増え,濃密になっていく.その運動そのものが物事の本筋という姿勢.そう感じると,彼の作品に,完成し切ったという感じがなく,キャンバスを越えてどこかと繋がろうとしているように見える理由が,ちょっとわかった気持ちになってきた. 完成した全体性か,仮設の全体性か? 完成することが大事なのか,流動する物事をそのまま捉えることが大事なのか? アートか建築かというジャンルの違いは置いておいて,つくるということになかに,こういう正反対の姿勢があることに,ぼくには衝撃を受けた. 東日本大震災 設営のため青森に乗り込もうとした矢先の2011年3月11日,東日本大震災が発生する.それで,すでにポスターも刷り上がっていた「青木淳 x 杉戸洋 はっぱとはらっぱ」展はキャンセルになり,南相馬市と災害時相互援助協定を締結していた杉並区の「大宮前体育館」はペンディングになった.もう一度,災害時を想定して設計が見直されることになったのである. 震災は改めて,いつ震災が起きてもおかしくないところにぼくたちは生きていることを,思い起こさせた.先のことは予測がつかないということを胆に銘じなくてはならない.またそのことを前提に物事を考えなくてはならない.そういうことは考えた末の結論というよりは,直感として感じたことだった.その証拠に,震災直後ぼくは,「よくできたデザイン」に突然,虚しさというか白々しさを感じてしまい,設計で細部を詰めていくことが,なんだか人間としてひどく的外れな行いをしているように思えて,一時的ではあったが,設計がまったく手につかなくなってしまったのだった.たぶん当時,同じように感じた人が多かったのではないだろうか. ともかくそんな気持ちに後押しされるように,ぼくは決めた.完成された全体性ではなく,つねに仮設にとどまる全体性を基礎として物事を考えていくことを,である. 全体性が仮設にならざるをえないのは,ひとつには,その全体性によってつなぎとめられるべきモノやコトが流動的だからだ.モノやコトは,数も変わるし,内容も変わる.しかもそれらはそれ自体の勝手で生起し変化するものなのだから,基本的には,設計者のコントロールを越えて,バラバラに存在している. そのバラバラさにもいろいろある.まず,対象とするモノとコトそれ自体のバラバラさがある.プールに求められるものとアリーナに求められるものはもちろん違うし,たまたま植わっていたソメイヨシノと大銀杏の木との間にも特段の関係はない. それから,対象となるモノとコトの集合範囲のバラバラさがある,対象となるのは,なにも敷地のなかだけとは限らないし,その範囲は設計中,広がったり狭まったりして,定まらない.そしてその度ごとに,ひとまとまりになって感じられるモノとコトの集合の像が違う.それら集合の無数の可能態がつくるバラバラさがある. 生起する事態のバラバラさもある.予測していなかったことが,次々に起きる.災害などの突発的な事態,使っていくなかで現れてくる様々なモノとコト.それらが生むまたバラバラなモノとコト. そう,ぼくたちは,対象それぞれのバラバラさ,対象とする項目の範囲のバラバラさ,不測の事態によるバラバラさのなかで生きているのだ. そんな現実のなかで,全体性を措定する.それは当然,そうしたバラバラでしかない現実に対して「閉じる」ことを意味する.なぜなら,全体性が措定されたとたん,その後に出てきた新しいモノやコトがその全体性にうまく合致するかどうかは,もう確率の問題にすぎなくなってしまうからだ.たしかに,たまたまうまく合致することもあるかもしれない.しかし,まるでそぐわないこともある.そぐわないときは,それを無視するか,それを枝葉末節のものと扱うか,それともそれを無理にでもそぐわせるか. いずれにせよ,現実と全体性との間に応力が発生せざるをえない.現実を包含することができるから「全体性」だったのに,全体性は一度措定されたとたんに,現実をいわば抑圧するものになってしまう.結果として,全体性が高い完成度で実現されればされるほど,それは現実のなかで,より排他的に働く. それを開くために,仮設にとどめられた全体性をつくる.つまり,バラバラなモノとコトを,鋳型に入れて矯正するというようなことをしないで,そのバラバラさを生かしたまま,またその後の未確定も含めて,包括できるような全体性をつくる. これはある意味,それまでの自分が向いていた方向の,けっこうな修正だった. 荻窪から学ぶこと 仮設にとどめられた全体性.では,それは具体的には,どのように可能なのだろうか? それは,完成された全体性を,単に「崩す」とか「甘くする」ということではないだろう.バラバラなモノやコトから最大公約数を見つけて,それによって全体をルーズに繋ぐ,ということでもないだろう.そういう妥協ではなく,放っておけば完成の引力に引き寄せられてしまう重力場のなかで,全体性をなんとか仮設程度の完成にとどめる方法.それを見つけたいと思う. そのヒントとしてぼくは今,「杉並区大宮前体育館」の周辺住宅地,荻窪に見ている.なぜなら,すでに荻窪という町自体が,皆が違う方向を向いているのにカオスではない,という事態を達成しているからだ.昭和のはじめの頃には「西の鎌倉,東の荻窪」と呼ばれていたくらいのこの別荘地が今,どういうわけか,いろいろなものが適当に入り混じることができるような,寛容性をもった町にまで育ってきているのだ. まず土地の大きさがバラバラだ.大きいところではたとえば,昭和のはじめから第2次世界大戦にかけて,当時,首相だった近衛文麿が住んでいた「荻外荘」がある.まさに往年の荻窪のスケール感で,その緑豊かな約6,000m2の敷地がそのまま,最近,保存を前提に杉並区に売却されている.かと思えば,分筆に分筆を重ねて,細切れになった小さな区画がある.そして,それら大小の敷地に挟まれるように,東京ではやや大きめの区画の地域が広がっている. 土地の大きさもバラバラなら,その上に建てられている家もバラバラ.ガーデニングを楽しんでいる洋館風の家の隣に,前川國男邸かと見紛う大屋根が鬱蒼とした庭の向こうに見え,そこに芝生のなかのコンクリート打ち放しの住宅が続いていたり.つくられた年代も,様式も,ライフスタイルもバラバラ.本来なら,高級住宅地の「高級」という統一性があるはずだが,実際にはそうでもない.いかにも高級に見える家があり,ぜんぜんそう見えない家がある.苔むした万年塀の家,ブロック塀を築いた家,既製品のアルミのフェンスの家,塀もなにもない家.塀の扱いひとつとっても人それぞれ.集まっているけれど,それぞれが好き勝手,別々のことをしている.この町は,歩いている視点というか解像度ではまったくバラバラで,その間に全体性を見つけることができないのだ. ところが,駅まで歩いて中央線に乗ると,突然,見えてくる解像度が切り替わる.線路が高架になっているからだ.家並みがずっと遠くまで途切れることなく,まるで絨毯のようにどこまでも続いている.個々の家は,その絨毯の毛一本一本だ.全体として見れば,そのすぐ下にある土地の起伏を拾って,ゆったり波打つ滑らかなひとつの表面になっている.その絨毯は,ところどころで,皺が寄っている.皺に見えるのは,幹線道路に添って,高層の建物が建ち並んでいるところだ.のっぺりとした表面と,ゆるやかな土地の起伏,それに幹線道路が表す大きなグリッドパターン.俯瞰すれば,はっきりと全体性が見えてくる. 荻窪の町は,ベクタではなく,ビットマップでできている.解像度を下げると全体性が立ち現れる.しかし,他の解像度を上げるとすべてがバラバラに散らばっていく. 荻窪の町が教えてくれるのは,解像度を切り替えることで,全体性とバラバラさが共存できる,ということだ.ある解像度で見たときには全体性がある.そこに,バラバラに見える解像度のレイヤーが被さる.さまざまな解像度のレイヤーを何重にも被さることで,バラバラさを許容しながら,仮設程度の全体性が可能になるかもしれない.荻窪の町は,そんな可能性を感じさせてくれる. 解像度の異なるレイアーのミルフィーユ. 東日本大震災発生から9ヶ月後の2011年12月,「杉並区大宮前体育館」は,ようやく着工に漕ぎ着く.設計は終わっていたが,もう一度考え直してみたいことが多かった.全体性を完成させるのではなく,バラバラなモノやコト,つまり現実にどう開くことができるのか?その答えを探して,五里霧中のなか手探りで進んだ約2年間に及ぶ現場現場である.それを今振り返れば,たぶん,構成感の脱中心化,ということではなかっただろうか. 全体性をつくるものを普通,構成と呼ぶ.建築の場合で言えば,それは,その建築全体の組織構成の,神の目による捉え方つまり「抽象」のことだ.それは抽象であるから,人の目には見えない.でも,それは建築をつくったり建築を体験する人の想念のなかに,しかと存在する.構成の最たるものがボリュームとボリュームの組み合わせ方だ.建築には,そういう構成あるいは抽象が,少なくとも今のところ,欠かせない.建築をつくるときに,また建築を見るときに,ぼくたちはどうしてもそういう抽象化に引っ張られるからだ.構成感というのは,構成に引っ張られるときの,その引力のことを指す. 「杉並区大宮前体育館」にも当然,構成はあって,その構成という中心に向かう引力場がある.そのままでは完成に近づいてしまう.だからそこに,その引力場が見える解像度のレイアーとは別の解像度のレイアーを被せる.その別のレイアーで,構成による引力場を相殺する.そうすることで,全体性を仮設状態にとどめ,建築を現実に対して開くことができるかもしれない. 「杉並区大宮前体育館」の構成は,遠目の解像度のレイアーで,よく見える.まず,町の中に,周りの住宅と比べればかなり大きなふたつの要素,楕円形平面の平屋がふたつある.どちらも高さ5mほどの低層で,周りの住宅と比べてもさらに低い.一方,内部にはそれとは対照的なスケールアウトした大空間がある.地下8mにまで達する大きな四角い穴が開いていて,そこにまるで太い柄のキノコが生えているかのような構成がある.その太い柄がアリーナのボリュームで,幅24m,長さ35m,高さ12.5mの直方体.そこにキノコの傘のように,楕円形平面の屋根が乗っている.地下深くまで降りて,見上げれば,ローマの大浴場のようだ.低層にすることとアリーナという巨大な空間が必然的に生みだす圧倒的なスケールのコントラストがある. そのレイアーに,町を歩いている人が見る時の解像度のレイヤーを重ねる.町との連続が見えてくる解像度だ.外周サッシを,ひとつひとつの切片がほぼ周りの住宅のスケールの,ジグザクの平面形にする.そのことによって,ガラスを大量に使っているにもかかわらず,壁面としての存在感が際立たってくる.それで,建物が楕円形でできているという構成感や,地下から太い柄のキノコが生えているという構成感が相殺される.周りの家庭が出すゴミ集積場や,バスを待つ人が並ぶことができる東屋や,近隣住民のための備蓄倉庫や消防団倉庫を,敷地内に設ける.隣に建つポストモダン風な家とよく似合う,大きなJをひっくり返した形の吸気塔と排気塔を設ける.またすでにそこには,桜や青桐などの木々や,中央の4本の大銀杏もある.この解像度のレイアーでは,敷地を飛び越えて,町レベルでのバラバラなモノやコトを,そのバラバラさのままに生け捕りにできる. そこに,空間ごとのバラバラさが見えてくる解像度のレイヤーを重ねる.そのバラバラさを維持するために,それぞれの空間の大きさとその用途の重要度から生まれてくるヒエラルキーを消しておく.一番大きく,またこの施設のメインであるアリーナからは,ただでさえ発生してしまうオーラを慎重に弱める.廊下や階段などの動線空間は,単なる機能的な交通空間にやせ細らないように強める.屋上の緑化広場は,付け足しにならないよう,むしろ特権的な「はらっぱ」になるよう気をつかう.その上で,それぞれの空間ごとに求められることに真正面から応える.それで,空間が本当にバラバラになる. そこに今度は逆に,全体性が見えてくる解像度のレイアーを重ねる.それがこの建物全体にわたって採用されている柱の面取りと梁両端のハンチである.柱に面取りをしているのは一義的には,こうしたスポーツ施設では「ピン角」が危ないからだが,それと同時に,面取りがあれば梁や壁が面取り分オフセットされ真壁的になり,その面取りの大きさが空間全体にわたっての表情を決めてしまう,ということがある.こういうディテールレベルの解像度が,全体にわたる表情を決定づける.小さなスパンでの梁のハンチは構造計画的には必要がない.しかし,空間全体の表情を補完する強力な要素だ. そこに,バラバラさを強調しながらも,その反対にそれらの間の構成=バランスによって全体性をもたらす解像度のレイアーを重ねる.まず色のレイヤーがある.白,ベージュ,水色,緑,黄,赤.さまざまな色をそれぞれに際立たせつつ,全体にはその空間的配置のバランスによって,ある種の抽象性が与える.素材のレイヤーがある.白いムラのコンクリート,普通のコンクリート,亜鉛ドブ浸け,アルポリック,白いオーガンジー,アクリル,フローリング,ビニル系弾性シート,etc.それら質感,光沢も,高級感も違うバラバラなものを,バラバラでありながらも,同時に全体の統一も感じられるように配置する. こうして,指向性の異なるさまざまな解像度のレイヤーをミルフィーユ状に重ねることで,単に構成を消すという以上に,その消すという操作も消して,存在はしているけれど,構成がそもそもあることさえ感じさせないところまで追い込む. そうやって実際に見えてくるのは,全体性に支配されないバラバラのモノやコトが,なんの変哲もなく自然に配置されているという様態だろう.でも,そこからはなんとなく,このプロジェクト特有の香りが立ち上がってくるとしたら,それが理想ではないだろうか. こうして,使われてからの未確定を含めて,バラバラなものをそのバラバラさのまま生け捕りにすることができる程度にまで,その「構成」そのものは壊さないまま,しかしそれを中和し,その支配力を奪うことが,さて,できたのかどうか. ともかく,ぼくはこの建物で,排他的にならざるを得ない完成された全体性から,できるだけ遠ざかろうとして,直面する無数の独立項に開かれた建築のあり方を探ろうとしたのだった.そして,それが今のところ,ぼくが思い付く「はらっぱ」のつくり方なのだ. 全体性が先にあるのではなく,バラバラなものが先にある.その認識はもしかしたら,建築を考えていくときに,かなり大きな出発点の違いなのかもしれない,と思う. 構成感が消えてフラットな場が生まれれば,設計はパフュームを調合に近づいていくような気がする. 引き渡し早々,ぼくたちが預かり知らないところでソファやテーブルが持ち込まれ,館内に,誰がデザインして誰がどうつくったのかわからない「Sports Café すぎなみ」が,いつの間にかオープンしていた.天気がいい日なら,そこでアイスを買って屋上で食べるのが気持ちいいだろう.壁には,やっぱり,張り紙がされている.(青木淳)
競技用の体育施設ではなく、もっぱら近隣住民が健康増進のために日常的に利用する施設である。それも必ずしも運動のためだけでなく、散歩がてらちょっと立ち寄って、屋上のはらっぱで憩うようなことも想定されている。周りは成熟した住宅地で、駅からは離れている。元々は小学校だった敷地で、そこが小学校として手狭だったため近くに移転したので、その跡地を利用していてつくられた。 周辺がだいたい2階建ての住宅地なので、建物の高さを低く抑えようとした。アリーナに求められる天井高さは12mほどなので、それを1階に置けば、建物の高さは15mくらいになるし、地下1階に置けば10m、地下2階なら5mになる。選択したのは一番低い、高さ5mに抑えた案である。その代わり、内部には大きな地下空間が隠されることになる。1階はロビーで、地下1階に降りると温水プール、地下2階まで降りるとアリーナをはじめ、トレーニング・ジム、武道場、多目的体育室がある。 低層のボリュームは、周りの住宅地のスケール感に近づけようとして、2つの楕円形平面のボリュームに分けられている。外壁から角をなくすことで、死角を減らし、誰もが四六時中、敷地をつっきって通れるようにしている。敷地の周辺には柵がない。中央に、4本の大銀杏の木があるが、これは元々、小学校の校庭正面にあったのをそのまま残したもの。元々あった小学校に通った人たちにとって、忘れられない存在であるはずであるので、これもひとつの重要な建築要素として、敷地配置計画を進めた。
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OMIYAMAE GYMNASIUM
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- 127 OMIYAMAE GYMNASIUM
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